「在野にいるからできる『政治』とは」(山本満理子さんが語る)

気づけば5月…新年度がスタートし、早くも1ヶ月が経ちました。つい先日まで桜で彩られていたキャンパスでしたが、今はまさに目に青葉…新緑が眩しいです。私の勤務するIPU環太平洋大学は岡山市東部の山裾にあるのですが、世界的建築家・安藤忠雄先生の手による校舎が5棟。新緑の山々を背景にしたその佇まいは本当に美しく、ほととぎすの鳴く声が今も聴こえています。

さて、先日は私がなぜ政治の世界に入ったのか、20代の頃の話を中心にお話させてもらいました。今回は最近の活動をご紹介しつつ、政治活動とは何なのか、私なりの考えをまとめてみたいと思います。

私はいま地元・岡山県でWePRO(ウィープロ)という団体に立ち上げから参画をしています。「Women’s Empowerment Project in Okayama」略してWePROです。岡山においてシスターフッドの文化を広げることを目指して設立した団体で、メンバーは岡山を代表する企業の経営者や地銀初の女性執行役員、地元紙の女性論説委員、大学理事、医師、弁護士ら最高に「強い」メンバーです(笑)。ただ、周りから見れば強そうに見ても、組織のなかで働く女性としてみんな同じような悩みを抱えた経験があります。Toget-HERのコンセプト「つながることで強くなる」と同じように、孤軍奮闘しても大きく前に進められなかったものを連帯することで、岡山を変えていこうと活動しています。メンバーはほとんどが女性ですが、面白いことに言い出しっぺは男性です。世界を股にかけて活躍していた岡山県出身の男性が、久しぶりに帰ってきた故郷の姿を見て愕然とし、呼びかけたことから始まりました。まさに「東京が令和なら地方は江戸時代」だったようです(笑)。

2024年に立ち上げ、1年間クローズドの勉強会を続けるなかで、皆に共通の課題として取り組みたいと思ったのが、地方からの人口流出、特に若者・女性の流出問題でした。そして、その問題をより広く多くの方々と一緒に考え、解決していきたい。その思いから、3月の国際女性デーに合わせて初のフォーラムを開催しました。テーマは「女性が選び、戻りたくなるまち・岡山」。定員100人に対し、160人の申し込みがありました。参加者の年齢層は10代から80代までと本当に幅広く、そして思った以上に男性も!なんと全体の4割が男性で、岡山の経済界の中核をなす企業の男性経営者らも多く参加してくださり、それも冒頭だけ来て帰るといった儀礼的なものではなく、最後まで聞いてくださった方がほとんどでした。

フォーラムはToget-HERのイベントでも登壇されている小安美和さんの基調講演でスタートしました。ただ講演やセッションを聞いて終わりにするのではなく、ぜひこの問題を自分事としていただきたいという想いがメンバー全員に強くあり、フォーラムの後半にはワールドカフェ(グループ対話)を開催、最後にフォーラムを通して感じた「私が岡山に望むこと」を付箋に書いて、それを出口に設置したボードに貼っていただきました。セッションが終わったら多くの方が帰られるかな…と思っていたのですが、いい意味で期待を裏切られ、知事や男性経営者も含めた100名を超える方がワールドカフェに残ってくださり、想いのこもった熱い対話が繰り広げられていました。

その光景や終了後に貼られたたくさんの付箋を見て、来てくださった方々を巻き込んで、ここからきっと岡山は大きく変わる…という希望の光の一筋を確かに感じました。そして思ったんですよね。これこそまさに「政治」だな、と。着実に世の中を変えていく、そのための活動をする。20年前、議員バッジをつけていた時より、今の方がしっかりと政治活動ができているように思っています。政治は議員にならないとできないわけではなく、在野にいるからこそできることだってたくさんあります。

WePROは決して何か新しいことを言っているわけではありません。ただ、これまで十分に声を届けることができなかった女性や若者の声を拾い、つながっていくと人々の間に気づきが生まれ、社会的な動きになっていくのではないかという気がしています。そのためにもフォーラムを一回限りの打ち上げ花火に終わらせてはいけないという思いをメンバー全員が共有しています。と同時に、フォーラムを開催したことによって新たな課題も見えてきました。私たちのやるべきことは思った以上に多く、かつ広く深い…と思いを新たにしているところです。

この社会に暮らすすべての人の声を拾い、その上で今私たちはどう生きていくのか、どう生きていきたいのか、それを実現するためのシステムはどうあるべきなのか、それを議論する。それこそが本来の政治だと思うのです。政治家はよく「何がしたいですか?」と尋ねられるのですが、選挙で選ばれた代表者だからこそ、みんなが何を望んでいるのかをしっかりと聞くことが不可欠で、私たちの思いが全く反映されないままに繰り広げられる独りよがりの話にはとてつもない違和感を覚えます。

例えばいわゆる選択的夫婦別姓問題においても、いろんな世論調査を見る限り、賛否それぞれの意見が存在しています。こうしたなかで「国民的な議論を待って」というのであれば、政治家が中心になって各地で討論会を開催するなど、国民的な議論の場を政治が用意すべきではないかと思います。そしてそれぞれの立場の方々の声をちゃんと聞き、そして今の時代はどちらを選択するのか、あるいは新たな提案が出てくるのか…。だって、顔を突き合わせて議論したら意外な解決策が出てきた経験、皆さんにもありませんか?もし私がいま議員として政治に戻るなら、そんな政治を皆さんと一緒にやりたいですね。

この世の中は戦争一つとっても完全に白黒つくものでもなく、絶対的な正義は存在しないと私は思っています。一方で、米国のトランプ大統領に象徴されるように政治に唯一無二の正しさや強さを求める傾向が強まっていると危惧しています。何が正しいかを政治に求めるのではなく、私たちがどうしていきたいか、そこが出発点であり、かつ最も大切なことだと思います。そして、やってみて違ったのなら修正すればいい。それを許容する寛容さも今の世の中には必要なのではないでしょうか。